IBD専門医 平岡 佐規子 医師
「やりたいことを諦めてほしくない。見つけてほしい。
だから、医師として、患者さんの体調を全力でととのえる」
潰瘍性大腸炎・クローン病などの炎症性腸疾患を専門に取り組み始めて約20年。現在も大学病院の炎症性腸疾患センターセンター長として日々患者さんの治療にあたりながら、潰瘍性大腸炎患者さんのセルフマネジメントについて研究を続けている、平岡佐規子医師にお話を伺いました。
治療や入院について会社にどう伝えるか。私たちも一緒に考えます
潰瘍性大腸炎は、長く付き合わなければならない病気のため、患者さんと主治医との付き合いも長くなります。患者さんにとって医師は最初に出会うサポーターであり、目の前の症状の治療はもちろん、就労や両立を見据えた治療を一緒に考えていく存在です。
まずは、患者さんとともに状況を把握・共有することが大切な第一歩になります。医師は、診断し病名を伝え、どんな治療が必要で休養がどのくらい必要なのか、今後の見通しを伝えます。入院が必要なのか、外来で対応できるのか、外来だとしてもどのくらいの頻度で通院が必要かなどを判断していきます。
社会人の方の場合、「仕事にどのくらい支障があるか」「いつ仕事に戻れるか」をよく聞かれますが、潰瘍性大腸炎は、軽度から重度までかなり幅が広い病気でケースバイケースです。ただ軽度・重度に関わらず、症状があり病院に来ているわけなので、体の調子を整えること・安定させることが第一です。そのあとで、仕事との両立を探ったり、就職活動を始めたりしていくことになります。
軽度の場合は、発症しても薬で症状をコントロールしながら仕事をそのまま続けられますし、場合によっては、病気のことを会社に開示せず、ちょっと重めの風邪にかかったくらいの感じで対処していくこともできます。
重度の場合は、入院が必要になります。「とても休める状況にない…」と言う方もいます。気持ちはわかりますが、そこは割り切って誰かに頼る・頼むしかありません。
入院が必要になる場合、期間をどのように、会社側にどう伝えるかも患者さんと一緒に考えます。例えば、「約1カ月」が想定される場合、そのまま「約1カ月」と伝えるか、それとも「約2カ月」と伝えておいて早めに職場復帰するほうが心象的に良さそうか、はたまた「2〜3週間」と最低限短く伝えておいて延長していく伝え方が適していそうか。会社の文化、雇用形態などによっても最善策は異なる可能性があり、患者さんと対話しながら一緒に考えていくことになります。
仕事との両立方法を練るために、具体的な仕事環境を教えてほしい
入院期間の伝え方に限らず、仕事との両立の方法を考えるためには、患者さんから仕事のことを教えてもらう必要があります。私たちは多くの患者さんと出会っていますが、医師は医師の仕事しか知りません。患者さん自身から、現在の仕事の内容や労働環境について教えてもらってはじめて、最善策を一緒に練っていけます。
知りたいのは、社名や肩書きといった情報ではなく、日々の仕事の具体的な行動や環境についてです。体をどれくらい使う仕事なのか、勤務時間は長いのか、職場は寒いのか、トイレに行きやすい環境か否か、今後どんな業務が増えそうか、などを教えていただければと思います。
特殊なケースではありますが、過去には消防士のように日夜逆転生活をするような仕事や、アスリートのように体への過度な負荷がかかる仕事、海外出張や長距離移動が多い仕事の方などもいました。
正直、仕事の話は踏み込んで聞きづらい話でもあります。そもそも自分のことを語るのが苦手な方もいますし、思い通りの仕事に就いている方もいれば、そうでない方もいて、口が重くなることもあります。私たち医師ももっと上手に話を聞けるように努力しますが、ぜひ、患者の皆さんも積極的に話をしていただければ嬉しいです。
医師から職場の方へ直接説明することもあります
いざ、仕事と両立しながら生活していく段階となると、職場との病状共有を検討する必要があります。「職場に病名を伝えるか否か」「就職活動時に病名を伝えるかどうか」は、症状の度合いにもよりますし、患者さん自身の判断によります。が、私は現在調子は良くても、基本的に伝えることをお勧めしています。自分の病気について、一部の方でも知っておいていただくと、もし調子が悪くなった時に、すこし休養をとる、病院を受診する時間の相談がしやすいなど、ひどくならないよう早めの対処がしやすくなる「お守り」になると思うからです。
また逆に、潰瘍性大腸炎を発症したからといって、安易に仕事をやめてほしくないです。患者さんがそれまでやってきたことや、やりたいことを手放してしまうのはもったいないです。もちろん、無理にそれまでの仕事を続ける必要はありませんし、発症を機に、自分の人生を見直して違う道を選ぶことも応援します。ただ、もし患者さん自身が今まで通り仕事することを望むのならば、私は、患者さん・医師・会社が情報を共有して、最善の両立の道を探りたいと思っています。
これまで、会社の方にも一緒に来院してもらって私から直接説明したことも、オンラインで人事担当者の方と話したこともあります。これは、病院の体制や状況が異なるため、医師がいつでも十分な対応ができるわけではありません。限られた診療時間のなかではお願いしづらいかもしれませんが、仕事と治療の両立で困っていることがある場合は、まずは相談してみてください。また病院には、医師以外にも看護師やソーシャルワーカーなど多職種のサポーターがいますので、話しやすい人に相談してみてください。また、医師から多職種のサポーターを紹介することもできます。
再燃してもチャレンジし続ける患者さんとの出会い
潰瘍性大腸炎は、若くして発症する方も多く、長く付き合っていく疾患です。だからこそ、病気があってもやりたいことを諦めてほしくない。チャレンジしてほしい、と私は思っています。体調をととのえるために、医師として、できるだけのサポートをしたいです。まだ将来やりたいことがわからない場合はやりたいことを見つけられるよう、新しいことに挑戦できるよう、余裕のある「寛解状態」を達成できたらと思うのです。
私がそんなふうに強く思うようになったのは、ある患者さんと出会ったことがきっかけでした。その方は、治療との両立はかなり厳しいと思われるというハードな仕事を「死ぬ気でやる」と継続を決めました。予想通り、いや、予想以上に負荷が高いためか、何度も再燃するのですが、めげないんです。その姿に、「なんとか体調をととのえてあげたい!」と私自身のIBD診療に対するモチベーションも上がりました。
潰瘍性大腸炎を発症したのは誰のせいでもなく、表現は難しいのですが、仕方がないところがあります。大切なのは、そこからどうするか、です。疾患を抱えて生きていく長い人生のなかでは、転勤や結婚などで引っ越すことだってあると思います。そんな時でも、変わらず患者さんをサポートできるよう、医師同士のネットワークも広げています。患者さんたちが、どこでも安心して過ごせるように、私も引き続き医師仲間を増やしていきたいと思っています。
薬や定期通院は欠かさずに。
もし忘れてしまっても気にせずまた来院してほしい
最後に、皆さんに伝えておきたいことがあります。体調が良くなると、つい薬を飲み忘れたり、通院をやめてしまったりする方がいます。そこはぜひ油断せずにちゃんと続けてほしいです。ただ、そのせいでおなかの調子が崩れてしまったとしても「バツが悪くて病院に行きにくい…」と思わず、気にせず来院してほしいです。残念ながら、薬の飲み忘れや通院忘れはよくある話なので、医師は大して気にしていません。防ぎたいのは、病気が悪化しすぎてしまうことです。
病気は辛いですし、通院は面倒だと思いますが、定期的に医師と会話することが、別の病気や体調不良の早期発見につながることもあります。顔馴染みの医師がいる、通い慣れた病院があるというのは、そんなに悪いことばかりじゃない。そんなふうに思ってもらえたら嬉しいです。
平岡 佐規子 医師
岡山大学病院 炎症性腸疾患センター センター長。専門は炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)。臨床で治療にあたる傍ら、潰瘍性大腸炎患者のセルフマネジメントについても研究。全国で患者向け・医療者向けの講演活動を行いながら、疾患理解のための啓発に努めている。